甲状腺とヨードについて

福島での不幸な原発事故以来、甲状腺疾患に対する関心が高まり、患者さんからだけではなく、同じ医療従事者からも「ヨード(よう素)に対する質問を受ける事が多くなりました。

「甲状腺の病気の人はワカメや昆布、海苔は食べてはいけないんですよね?」

「放射性ヨードって、原発からでる怖いものでしょ?」

色々な誤解や不安から、不必要な食事制限や恐怖感を持っておられる方も多いようです。ここで、甲状腺とヨードの関係と放射性ヨードに関して、簡単に説明をしたいと思います。

ヨードは甲状腺ホルモンの主原料です。 甲状腺ホルモンは新陳代謝を促したり、子どもの場合では成長ホルモンとともに成長を促進する働きをするため、ヨードは体になくてはならないミネラルです。 そこで、ヨードの入った食品は体によいとされて、健康食品のなかに入れられていたり、昆布を主原料にした食品が推奨されています。しかし、体に必要な甲状腺ホルモンを作るのに必要なヨードはわずかで、一日0.05から 0.15mgです。ヨードは、日本人が口にする食品のなかには大なり小なり含まれています。特にたくさん含まれているのは下の図にあるように海藻類で、なかでも昆布が群を抜いており、次がひじきです。わかめ、海苔に含まれる量はこの2つと比べるとはるかに少量です。日本人は海藻を好んで食べるため、世界で一番ヨードを摂取している国民です。また食物でなくても、のどの炎症や歯の治療などの消毒に使うルゴールの主成分はヨードですし、レントゲン検査のときの造影剤には多量のヨードが使われているものがあります。

このように私たちは普段から、知らず知らずのうちに必要量以上のヨードをとっているため、ヨード不足を心配する必要はまずありません。ただし、橋本病(慢性甲状腺炎)の人の一部にヨードをとり過ぎると甲状腺ホルモンが作れなくなる人がいます。過ぎたるは及ばざるがごとしです。逆に、昔のことですが、甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)の人はヨードを取ってはいけないと指導された事もありました。ヨードが甲状腺ホルモン産生の原料であることから、機能亢進時にヨード摂取することは、「火に油を注ぐ行為」と考えられたからです。しかしながら、このような意見は現在否定され、ヨードのみでバセドウ病の加療を行うこともあります。ただし、アイソトープ検査をする場合には、ヨードによる影響を受けるため、1週間ほどヨードをたくさん含む食品を制限する必要があります。

ヨード(ヨウ素)のうち、放射線を出すヨードを放射性ヨードと呼びます。重さの違いでいくつかの種類があります。 甲状腺の治療にはヨウ素-131(131I)を利用し、検査ではヨウ素-123(123I)を利用することが多いです。 自然界に存在するヨードはヨウ素-127(127I)だけで、この元素は放射線を出しません。原発事故で度々報道されたヨウ素-131(半減期8.06日)は、ウランの核分裂によって生成されるため、チェルノブイル原子力発電所の事故でも大気中に大量に放出され、幼児に大きな放射線障害(ヨウ素は、甲状腺に集まる特徴があるために、甲状腺被ばくによる甲状腺機能障害が発生)を引き起こしたことはご存知のことと思います。

また、これとは反対に、ヨウ素-131は、医療用としても用いられており、甲状腺機能検査、甲状腺機能亢進症や甲状腺癌の治療に用いられています。放射性ヨード内用療法は、体内に吸収された放射性ヨードの60%以上が甲状腺細胞に取り込まれるという性質を利用した治療法です。甲状腺に集まった放射性ヨードは放射線(β線)を発し、甲状腺ホルモンをつくる細胞を徐々に破壊していきます。バセドウ病では、甲状腺ホルモンをつくる細胞が少なくなり、甲状腺の働きが正常になっていきます。甲状腺癌では、がん細胞を破壊し、転移したがんも破壊します。放射性ヨードの入ったカプセルを飲むと、放射性ヨードは取り込まれた甲状腺癌の細胞のみを破壊します。手術で切除しきれなかった甲状腺のまわりのリンパ節転移や甲状腺癌の肺転移などにも放射性ヨード内用療法で治療することが可能です。

このように放射性ヨードは、「甲状腺癌を引き起こす悪者」という局面だけではなく、きちんと使用すれば大きな有用性も認められていますが、如何せん、日本では放射性ヨード治療を施行可能な病院、施設は極めて限られており、多くの患者さんが不安を抱えながら、長期に渡ってご自分の治療の順番を待っておられるのが現状です。一刻も早い施設拡充と放射性ヨードに対するご理解が頂ければと思います。


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